昭和43年5月14日 夜の御理解     (末永信太郎)    


 ある時、教祖の神様に神様からお伝えがあった。今日は金を拾わせてやると仰った。ね。西へ(とって?)道を玉島の方へ向かって(行かれ?)という意味のお伝えがあった。もう、その頃は御結界ご奉仕に専念しておられる時でございます。その神様の仰せですから、やはりあの、お伝えのままにお弁当を持って、そして、西へ西へと下られた。そして、玉島までお見えられた時に、ちょうどお昼になった。
 もちろん、金を拾わせてやると仰るのですから、おそらく下の方を注意してお出でられたんじゃなかろうかと思うんですね。ところが、そのお金は落ちていなかった。しかも、もう、昼下がりになったから、御神意を伺われると、ここで弁当を開いてと仰るからお弁当を頂かれて、またお伺いをされると、(多いから取って返せ?)とこう仰るんです。
 とうとう一日がかりで玉島までの往復をなさって、帰ってご神前に出られたところが、神様からまたお伝えがあった。今日は、いかほどの金を拾うたかと、こう言う。神様、私は今日は、お金は拾えませんでしたけれども、おかげで今日は命を拾わせて頂きました。もう、毎日こうやってご神前のご奉仕させて頂いておりますと、自ずとと血の巡りも悪うなります。おかげで、今日は命という大事な、大変なおかげを拾わせて頂きましたと言うて、その、お礼を申し上げられた。
 神様からお伝えがまたあった。金光大神、もう、その方は試し様がない。良い方へ良い方へとものをとって、もう、これからは試さんぞ、本当のことを教えてやるぞと仰ったということでございますね。この遍のところを、私どもは信心を色々な場合に頂かなければならないことがあると思うんですね。
 あなたが金を拾わせてん言いなさるから、お弁当を持って一日歩きましたけれども、いっちょん落ちておりませんでした、というような頂き方をしてない。ね。それよりも、もっと大事なものを拾うたことに気付かせて頂いておられるですね。
 今日は福岡から、ある方がお参りをして、お導きをして参って来た。昨日一昨日の朝、お夢を頂いた。それが、その、金を拾わすという訳じゃないけれども、ね、それもその、親先生のお声でね、今日は〇〇さん、アンタが一番願うておるものがおかげになると言うて仰った、お夢の中に。そん時、その自分は、ちょっと金銭のおくり合わせのことを願っておったて一生懸命。はあ、今日は何か金銭のおくり合わせを頂くじゃろう、神様が下さるなら、これはもう、昼寝どんしちゃならんと思うてから、もう昼寝もせずに一生懸命に勤めさせて頂いた。まあ、心を神様に打ち向けて、神様がどげな風な手で、これはおくり合わせ下さるやら分からんからと思うてから、その、まあ、一日、心を神様に向けておったと、こう言う。ね。
 ところが、その、お金のおくり合わせは頂けなかった、と。ところがその夜、神様に御祈念をさせて頂く時にですね、はあ、本当に今日は、親先生は私に嘘を仰った、お夢の中で。けれども、今日一日、そう言われたおかげでね、おかげで今日は一日、心から神様を外さんで済んだ。何とはなしに心が有り難かった、と私はお礼を申させて頂きましたら、昨日は朝からずうっと私のようなもんですけれども、次から次とその、一日人が訪ねてきた。しかも、それがいろんな悩みや難儀な問題を持って来て、〇〇さん、アンタならこげん時どげんしなさるですかと言うて、その、まあ、身の上相談のようなことでございましたと、こう言う。
 今日のお導きも、やっぱりその一人であった。神様がおかげを下さる為にね、その前の日に、こう修行させて頂いておった。神様をジーッとこう頂き続けることが出けたのも、言うならお夢の中で、その、お前が願うておるものをお神様はやると仰ったけれども、自分の一番願うとるものはお金だったけれど、お金は頂けなかったけれど、神様を外さんで済んだというような、そういう頂き方がね、これは、もう目には見えないけれども、どのように大きなおかげになっておるか分からん。
 神様のお働き、神様の御神意ということは、私どもでは計り知れないこと。だから、もう、全てが有り難いこと、有り難いこととして頂いて行く以外にはないのです。ね。場合には、それがお験しのような場合があるかも知れません。もう、お前は試し様がないと仰るほどにです、ね、神様がほとほと感心して下さるような頂き方というのは、とにかく喜びで受けて行く生き方だと、こう思うですね。
 これだけ信心するのにとか、神様はああ仰ったけれどもとか、親先生はあげん言いなさったけれども、と言うのじゃなくて。そのおかげで、こういうおかげを頂いておりますというものを、そこにはっきりしなければいけない。今日はあの、以前のここの教会総代を致しておりました高松(ひさし)さん、高松順子さんのお父さんです、の今日はお立ち日であった。(今日、おばあちゃん?)今日、昼参って来てから、まあ、お供え物でもて、まあ、御霊様にご挨拶をしてくれということであった。
 高松さんがあの総代になられて、一遍だけ総代としての玉串をあげられた。もう、その次の、あの時分は5月と11月でしたからねたしか。ですから、ちょうど5月の16日に御大祭です。その前の前の日に亡くなられたんです。ですから、総代としての玉串奉奠はもう、その前の御大祭で一回きりであった。これは、もう総代の御用を頂いたから、紋付袴を作らんならんて頼まれたけど、とうとう間に合わなかった。
 ちょうど私の袴が仕立て下ろしのお供えを頂いて、奉仕用のだったけれども頂いた。だから、なら、これを履かせて頂きなさいと言うて、その袴を履いて、そして総代としての玉串をあげた。今日は私、神様にそのことのお礼もさせてもらいよったら、その時の情景を頂くんですよね。
 はあ、たった一回の言うなら玉串奉奠であった、総代として。けれどもその、もう、その次の御大祭には、もう御大祭を前二日にして亡くなっておられる。そげなことをですね、思うのに、神様のご都合というものがね、これは、総代なら総代というのは、信心が出けておるからというのじゃない、神様のご都合。
 それもね、ここに一つの総代という神格というか、位というか、位を与えて下さろうとする神様の働きなんです。もう、この次の大祭には間に合わん、もう亡くなることも神様はご承知でしょう。そこで、あの世までも持って行けれるものは、この位より他にないのである。ね。
 ああ、そういう意味で総代の御用を下さっとったんだなあ、と私は今日改めて、その時のことを、まあ、お礼を申させて頂いたのですけれどもね。本当にあの、気が付かないのですけれども、御神意はそんなに深い。ね。ですから、私どもがどのような場合、それは神様が嘘を仰ったといったような感じの時ですらがです、教祖の神様が、お金は落ちてはおりませんでした。
 いや、私の不調法のために(拾いは?)出けなかったけれども、お金以上のものを拾わせて頂きましたと、こうお礼の言えれるような私はね、信心がお道の信心の生き方だ、また教祖の頂かれた信心の生き方である、と。と、私はなら今日の御霊様のお祭りを奉仕させて頂きながらね、教祖の神様のお伝記の中にある、あの、お金拾いの(一理?)です。そのことを合わせて考えさせて頂いた。ね。
 私ども人間、凡夫には分からない、まあ、それこそ相分からないことばっかり。ね。ですから、それは神様が本当に命を拾わせて下さるために、血の巡りをよくして下さるために。でなかったら、良う玉島までも歩きゃいたしませんよね、教祖の神様でも。そう言うて、あの、心弾ませて外出さしなさった。そして、金よりも、もっと大事なものを拾わせなさった。これは、高松さんの場合でも同じことです。ね。
 いわば、晴れがましい総代としての御用をたった一回であった。けれどもです、ね、そのことを通して、それよりも大事なもの、その位をあの世にまでも持たせてやろうという御神意が、そこにあったことをね、今にして思うのです。今日、福岡から参って来たその方の場合でもそうである。
 お夢の中にはっきり、アンタが願うておるおかげが頂ける日だと、こう。だから、もういよいよ、心を神様に打ち向けて、ね、精進しておったけれども、自分の願うておるものは頂けなかったけれども、その翌日、ね、次々の自分ぐらいな者の信心ででもお話の出けれる難儀な人が集まって来て、その方達に色々と、私ならかく思う、かくするということを教えてあげることがでけた。
 しかも、今日はそのお導きまで出けた。昨日は神様が修行させておって下さった。お金は頂けなかったけれども、そういう力を下さったと言うて、今日はお礼を言うておられます。ね、そういう頂き方が私は、私どもの日常の上にどうでも必要である。
 ああ、もう今日は、もうきつかった、きつかっただけが残るのじゃなくて、きつかったおかげでです、もう、本当に神様に喜んで頂けれる、まあ、一生懸命のいわば御用が出けたといったような受け方、頂き方がね、私は神様の次の、もう限りないおかげに繋がって行くおかげになって行くと思うのですよね。どうぞ。